最近の掲示板より紹介
[音楽の通信簿1]と、お母さんの誕生日 2月14日
先日からレッスンを始めた青年が「3月の母の誕生日に、ハッピーバースデーツーユーを
お母さんに聴かせてあげたい」と言い出した。楽譜を探すよりも早いと思って、たまたま居合わせた
先生に音階を書いてもらった。音楽の通信簿が1だったそうで、五線にすると彼には難しい。
しかし、彼が選んだのが寄りによって入門者には一番難しい楽器。3回レッスンを受けたが、まだドからド
まで1オクターブ物理的に音が出てこない。彼としては、押える所が「3つしかないのでいいですよね!」
というのがその楽器を選んだ動機だったようだが、まだ彼はその楽器の本当の難しさは認識していない。
果たしてお母さんの誕生日に間に合うだろうか ・・・
おまけの話・・・音階をドレミで書いてくれた先生に「あんな息子がいたらいいでしょ」と言ったら、
「彼」でしょ!、と言い返された。
その楽器はトランペットですが、彼はどんな甘い音を奏でてくれるのでしょうか。 星名
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生徒さんから頂いた投稿の一部を紹介いたします
時間のある時に読んで頂けると皆さんの気持ちが分かると思います
音楽教室は生徒さんの音楽に対する熱意と憧れによって支えられています
アルルという音楽教室を創ったのは経営者ではなく、生徒さん達です
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心の支え 中村(ビオラ) 30代男性
仕事に終われる日々を過ごすうちにふとこれでいいのかという疑問を抱いてすぐに、憧れであった
楽器(弦楽器という事しか決めていませんでしたが)にチャレンジしてみる事にしました。
30歳という区切りの良い歳であること、2001年1月という新しい世紀の始まりという事で
決断する事が出来たのでしょう。
それからというもの、忙しさにかまけて練習が不十分だったりして先生にはずいぶんご迷惑を
おかけしましたが、一日一日が充実してきているような気がします。
ビオラを選んだのは周りにやっている人がいなかったからですが、とてもいい楽器を選択したものだと
自分でも感心しています。
心がすさんだときには楽器に触れるのも辛い気がしてしまうのですが、思い切って練習をはじめてみると
気分がすっかり変わってきます。私は音楽というものの素晴らしさにようやく気付いてきました。
全く上達してこないのもまた良し、と開き直ってしまっておりますが、
楽しむ事だけは上達してきたので、これからもアルルに通い続けていきたいと思っています。
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自称ピアニスト 誰も読みませんように 30代男性(ピアノ)
アルル音楽学園に入園したのは、3年半前の節分の頃、きちんとレッスンを受けていたのは小学校6年終わりまで。
アルルへ来るまえも実は半年ほど、教会で習っていたけど、平日夕方7時にいけるわけもなく、
探したところが、こちらでありました。
当時、海外勤務の帰国後しばらくしたころでした。疲れ果てた仕事は、その日に家に帰れればいいほうでしたが、
ふとしたことで関連会社に出向になり、いきなり夕方6時に帰宅できる環境になりました。
「自分自身も、もうこれまでか」と悟ったり、呆然とした日々を救ったのは、この教室だったのかもしれません。
ピアノの発表会は3回出ましたが、熱心な聴衆と、だんだん仲良しの人も増えてきて、
毎日の生活はようやく楽しくなってきました。
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私のチェロ聴いて下さい 桜井 40代女性(チェロ)
タクシーに乗って遅刻すれすれで発明会館に着きました。「私のチェロ、聴いて下さい
]とは言えない
出来だったので、会場には知人は誰もいません。でも初めての発表会に向けて半年練習を重ねてきた曲を、
語りかける様な気持ちで弾きたいとの思いで舞台に上がり必死でした。
緊張してやっぱり思う様には弾けませんでした。
後から続く他の生徒さんの発表では、皆、チェロを弾く一生懸命さ、楽しさが伝わってきます。
こんなすてきな曲もあるのだとチェロのレパートリーを知り、難しい曲に取り組んでいる姿に感動し、
出来れば自分も弾ける様になりたい・・・と欲が出て、励まされる経験でした。
チェロは大きな楽器ですし、自分で音を作らなければならないので上達するのは大変かもしれません。
始めたときは、ちょっと触ってみようかという気持ちだったので、発表会に出る事は全く考えていませんでした。
今は、硬くなった頭と体でも上手に使って、少しでも長く続けて、次回発表会に出れるに時は、
「私のチェロ、聴きに来て下さい!」と言える様になりたいと思っています。
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. 誰も読みませんように・・・ 自称トランペッター 20代女性(トランペット)
アルル音楽学園に入園したのは今年の7月の頭。最後に楽器に触れたのは7年も前のこと。就職して三年目。
私は都内の病院で看護師をしている。六月、二週間休職していた。トランペットを手に取ったのは、その休暇の
二日目のことだった。いつも仕事のことばかり考えていた。恋愛や色恋沙汰とも縁遠く、面倒で、病棟と寮を
往復する毎日。考えることから夢に至るまで、病棟一色。人生は無意味なものと決めこんでいた。
いい加減、うんざりしていた。中学、高校と吹奏楽部に属していた。やみくもに練習し、顎の関節がおかしくなり
口が開かなくなった。だが楽しかった。みんなの音がまとまり、ホールの向こうに跳ね返り、一つの塊に鳴り響く
一瞬がたまらなく心地よかった。そんなこともあって、私は再び楽器を手に取った。電話帳で調べて、アルルに
しぼった。電話をし、訪ね、星名さんに会い、説明を受け、決めた。真剣に教えてもらえるところが良かった。
入園してそのとおりだということがわかった。一ヶ月は雨が降ろうが台風が来ようが毎日練習した。公園、道端、
路上、都庁前。最近はサボっている。勝見先生には本当に、迷惑ばかりかけていて、申し訳なくてしょうがない。
でもとても感謝している。私は、日本はもう隅から隅まで腐りきっていると思っていたし、自分もその一員だと
思っていた。こんな真剣な場所は、珍しいと思う。頑張ることを、地位や名誉や金に直結させる価値観は、
今は実は普通なんじゃないだろうか。けれど、そんなことだけに満足している自分というのは、既に死んでいる
と思う。生きることを感じられればいいと思う。音楽はそのための道具になると思う。表現したいものを楽器を使って
表現できるようになれればと思う。道のりは短くないし、きっと終わりもない。つかの間の納得すらも得られないかも
しれない。それが芸術なのかもしれない。けれど、今自分が、多少なりとも何かを表現できる手段を手に出来ている
ことを、嬉しく思う。近日、アンサンブルの発表会がある。至らなさすぎて、申し訳なさばかりが先にたつ。本番で
失敗する夢もよく見る。それが現実にならないよう、今は祈るばかりだ。
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音楽って・・・ 女性(フルート)
この週末自分にとって音楽ってなんだろうとフッと考えました。
小さな頃から音楽が好きで、中学〜短大の時まで合唱をやっていました。高校生の時合唱部の顧問の先生に
「もう!辞めてやる〜」と言った事がありました。今となっては理由すら忘れてしまいましたが
その時その先生に「いいわよ。どーせ1週間ももたないから」といわれまんまとその通りになりました(笑)
会社に入り趣味を持とう!と思い、せっかくだから音楽以外と思ったのに結局フルートに落ち着いた私。
知らず知らずのうちに私の側にはいつも音楽があります。不思議と・・・。時には支えてもらい、
時には上手くできなくてイライラしたり。私の人生にいつも小さな刺激をもたらしてくれたり。
音楽って、どんな人にも平等にあるもの。それって素晴らしいなとつくづく思います。
近い将来、1人で公園に行ってフルートを吹きみんなが自然と集まり
セッションがしたいなーと夢見るmairinでした。
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